昔の富士登山事情・・・軽装で幼い子供を連れて

1980年代、愛知県名古屋市から静岡県東部に家族引っ越しをして数ヶ月後のことです。せっかく富士山の見えるところに住んでいるんだから、富士山に登ろう!と父が提案。まぁ、提案と言っても子供だった自分に拒否権はなかったのですが。父と母、小学生の私と弟、保育園だった妹の5人で夏休みを利用して富士山に登りました。今では色々な山への登山経験が何度もある両親ですが、この時は全員が山登り初心者でした。

登山当日は晴れていて、登山には何の問題もない天気でした。現在の富士登山は、登り口にスタッフがいて、軽装での登山に注意を呼び掛けたり、また登山者もネットで情報を収集してから来る人も多いと思いますが、その頃は登山の本を買わない限り、何の情報もない状況でした。

私たち家族は特別な準備もなく、ハイキングの感覚で出かけました。服装は普段履いていたスニーカーに、普段着ているジャージ姿。一応カッパだけは普段使っているものを持っていったようですが、雨が降ったら靴はどうするんだろう?体は守れても靴の中が濡れたら気持ち悪いだろうな、と後々思いました。持ち物はおにぎりなどの食べ物と飲み物とおやつ。本当に軽装だったのです。

小学生だった私と弟は、疲れながらも富士登山を楽しんでいたと思います。急な斜面もあり、本来は滑り止めのついた軍手や登山用の手袋があるといいと思いますが、当然そんな持ち物もありません。保育園の妹もいましたので、記念を兼ねて両親が杖を買ってくれましたので、その杖が子供三人の遊び道具でもあり、体を支えてくれるものでもありました。今思うと、保育園の妹が軽装で山登りをするなんて何かあったら大変だ、と思うのですが、子供だった私は能天気に山登りをし、また幼い妹も母に連れられてちゃんと後ろを歩いてくれていました。

当日は早朝から父の運転で車を走らせ、5合目の登山口から頂上まで登って、日帰りでまた降りてくる予定でした。そのプランが危うくなったのは8合目を歩いていた時に、突然父が高山病にかかったのです。頭が痛い、気持ちが悪い、そう言って父は岩場の陰で座り込み、嘔吐をしていました。しばらく経っても体調が良くならなかったので、下山することにしました。残念な気持ちでしたが、家族で出かけた場合、登山の途中で誰かが体調不良になったら諦めるしかありません。驚いたのは、下山し始めた途端に父が元気になったことです。高山病という言葉を聞いたのはその時が初めてでしたし、気圧のこともよく分からず、さっきまで吐いて青白い顔をしていたのに・・・不思議な病気だ、と思ったことを覚えています。

何の準備もなく山に登りましたが、幸いそれが原因で困ったことにはなりませんでした。雨も降りませんでした。ジャージ姿で頂上付近は寒かったと思いますが、8合目で諦めたため、寒い思いをすることもありませんでした。父は頂上に登れなかったことを悔やみ、その後は色々な山に登るようになりました。もちろん、登山グッズを色々揃え、登山用の靴も持っていますし、ライトなどの小道具もあります。父が高山病になりましたが、その他は問題なく過ごせたので初めてのないないづくしの登山は家族の笑い話となっています。

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