高山病に悩まされ辛い思い出の残った富士登山

富士山頂までの登山を成功させたのは2008年の夏でした。

登山をした当時は東京に在住でしたが、高校卒業までは静岡市で育ちましたので富士山は常にそばに見え、かつ無条件に敬いの気持ちを持つ対象でした。そして子供の頃に家族で登ったことがありますが、8合目付近で断念してしまったため、いつかはきちんと山頂まで登ってみたいとかねがね思っており、その年、一念発起して登ることを決意しました。

当時交際していた彼氏が体育会系で、一緒に登らないかと持ちかけたところ二つ返事で承諾され、新宿から出ている富士登山バスツアーに参加しました。これは新宿と富士山の往復バス送迎、8合目での山小屋1泊、そして復路での温泉入浴が付いているツアーで、登山は個々人のペースでご自由にという内容でした。

私たちは富士登山初心者だったので、この個人で登るという選択は大正解でした。それというのも、高度を上げていくにしたがって私が高山病にかかり吐き気が止まらなくなり、また実際に少々嘔吐してしまったのでガイドさんに先導されてグループで登る形態でしたら周りの方々に迷惑をかけていただろうと思うからです。

ツアーバスを降りて、河口湖口から彼と二人で登山を開始しました。山小屋での宿泊も含まれているので、装備はインターネットできちんと調べ、大きなリュックに防寒着や厚手の靴下などの着替え、飲料水、登山中の軽食等を持っていました。

富士登山という非日常の中で、初めは物珍しさから軽快に登っていましたが、登るペースに身体がついていかなかったのか夕方前に8合目の山小屋に到着、夕食のカレーを頂いて後は寝るだけ、という状況になってから頭痛がし始めて止まらなくなりました。横になったものの波のように鈍痛が頭を襲い、なんとかやり過ごしたものの、午前2時前くらいに起きて出発するまでは寝たのか寝ていないのか分からずに時間が過ぎたことが辛かったです。

山小屋の外に出るとすでに登山者のヘッドライトが深夜の闇に延々と続いており、ご来光を見るためには乗り遅れてはいけないと私も彼に連れられて必死で出て行きました。山頂に向かう途中の山小屋で、彼が酸素ボンベを買ってくれてそれを吸いましたが、高山病は全く改善されずに本当によろよろとしながら歩いて行きました。このようなスローペースではご来光にとうとう間に合わず、また山頂付近は登山者で溢れてものすごい渋滞で、やむなく山頂を目の前にしたところでご来光を拝むことになりました。

その後山頂にはたどり着いたものの、またもう二度と富士山に登ることはないかもしれないと思いつつも、このような高山病の酷さではとてもお鉢巡りをする気力・体力ともになく、断念して早々に下山を開始しました。

初心者であれば高山病対策にはもっとゆっくり身体を慣らしながら登るべきだったのかもしれませんが、第一自分が高山病にかかるタイプなのかどうなのかというのは登ってみなければ分からないでしょうから難しいところです。会社の先輩で同じく富士登山をした人がいましたが、全く高山病にならずに、もちろんお鉢巡りも軽々こなしたというので人それぞれの体質や体力によるのでしょう。

私たちのケースのように帰りのバスの集合時間が決まっていて、それに間に合うように急がねばならない時には、ゆっくり慣らしながら登りたくでもそうできないこともあるので、個人で行くのも手かもしれません。口に当てて吸うタイプの携帯酸素を登山時から持って吸いながら登ったらどうかとも思いますが、少なくとも高山病にかかってからの効果はあまり感じられなかったので、あまり期待して持っていっても無駄になるだけかもしれません。

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