高山病に苦しんだ思い出

私は東京都に住んでいる25歳男性です。私が始めて富士山に登ったのが17歳、高校生の夏休みでした。神奈川県に住む友人と東京都に住む友人合わせて三人で富士山に登りました。登山しようとなったきっかけは山登りがしてみたいね、と三人で話しており、登るなら日本一の山でしょう、とまとまり富士山に登ることが決定しました。前日に海で遊んだ後、朝に静岡のバス停から富士山の五合目行きのバスに乗り、五合目からの登山が始まりました。

登山をする前は五合目からの登山なんて半分登ってる状態だからすぐに頂上についてしまうのかなと思いましたが、実際の道のりは想像より遥かに険しく長いものでした。最初の道のりはまだなだらかで足元は砂利のような感じでしたが次第に傾斜がどんどんきつくなり岩場が多くなっていきました。八合目あたりから息苦しくなり空気の薄さを実感し、酸素の入った缶を三人で三本購入したのですが、三本とも私が一人で使う事態となりました。私は太っていたわけではなく体力もあるほうだと思っていたのですが、しかし、中高と部活に入っておらず走りこみなどもしていなかったので実際には無かったのでしょう。二人は中高バスケ部と野球部でしたので平気な顔をしていました。九合目まで行くと登る時に恐怖を感じる傾斜になっています。岩肌が多くなり滑ったらただでは済まない状況です。

登れば登るほど高山病はひどくなり、もはや楽しくもなんともありません。あるのはただの義務感と友達に迷惑を掛けられないという気持ちでした。死にそうになりながら十合目にたどり着き、達成感をつかの間味わいますが十合目の中でも剣が峰と言われる一番高いところがあり、山頂ではない事に気づかされます。既に心が折れていた私は友人二人を見送り隅っこで高山病と孤独な闘いをしておりました。

二人が帰ってきて明日ご来光をみるため十合目の宿に泊まり夜を迎えました。宿といっても個別の部屋は無く大きな部屋で泊まりの客全員が雑魚寝の状態です。汚い、いつ洗ったか分からない布団を掛け寝ていると、高山病のため頭が痛く、吐き気もあり眠れません。他の方も同じらしく、うめき声や子供が泣いたりしてました。地獄のような状態でした。が、隣で寝ていたのが若いお姉さんで17歳の私には刺激的で地獄の中の光のように思いました。

朝目が覚めても吐き気や頭痛は直っていません。小屋で具の殆んど入っていないカレーで朝食でしたが、食欲が無く殆んど残しました。外に出るとあまりの寒さに驚愕します。登って来た時は半そでだったのに朝五時ぐらいの気温は十度以下(もっと低かったかもしれません)ぐらいです。高山病でご来光を見ようという気も起きず服を着込んでじっとしてました。
下山になり、下りて行くと空気が濃くなって行くのを感じます。登るときは誰よりも遅かったですが、下山の時は誰よりも速かったです。五合目に着く頃には高山病はすっかり良くなり空気の大切さと山の怖さを改めて感じました。
これから登る方は登山に対しての知識を学び、ある程度のトレーニングをしてから登ることをオススメ致します。

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